世界中の志、夢、好奇心をDoにアップデートする人を増やし、
世の中を変えていく。
その目標に向けた行動が、自分の成長にもつながる。
異業種2社での勤務経験を生かし、34歳で起業した久保寺亮介。主に企業や地域の「Do」を支援する事業を展開している彼が見据える5年後とは。
Profile
1987年、岐阜県生まれ。岐阜工業高等専門学校電子制御工学科から、東京大学工学部社会基盤学科に進学。大学卒業後は、株式会社電通を経て、プルデンシャル生命保険株式会社に入社し、事業承継、相続を中心としたオーナー企業向けの業務に従事する。新人時代は、史上最高業績を記録。業務を通じて、中堅・中小企業にこそ、経営者に伴走支援する社⻑室のような役割が必要だと感じ、2021年6⽉に株式会社Doooxを設立。経営における「緊急ではないけれど、重要な課題」を計画から実行までワンストップで実行支援する、“特命社長室”を中心とした「Doを支援する」事業を複数展開している。
就職先で学んだ仕事の基本と、見つけた志
大学を卒業してDoooxを立ち上げるまでの間、業種の異なる2つの企業に勤めました。それぞれで学び、身につけたたくさんのことが今の仕事に生きています。広告代理店の電通では、とにかく仕事の基礎を叩き込まれました。一番の大きな学びはクライアントの満足度が101%以上になる仕事をすること。そのために、いかに先回りして仕事を設計するか、クライアントが想像していないような提案や立ち居振る舞いが価値になることを学びました。
この学びから社員には「常に提案するスタンスを持つこと」といつも言っています。日々の業務が忙しくなり仕事の量が増えてくると、どうしても目の前の仕事を100%の出来で終わらせればいいと考えてしまいますが、仕事の完成度が100%の会社に存在価値はなく、人の期待を超えること、常に思いつく限りの価値を提供すること、そこにDoooxの存在価値があると思っています。
プルデンシャル生命保険では保険商品の販売に留まらず、人や社会の役に立つ本質的な仕事をしたいと思い、事業承継、相続を中心としたオーナー経営者向けの業務に従事していました。多くの経営者と接する中で、中堅・中小企業にこそ、ワンストップでさまざまな問題・課題を受け⽌めて、実行に向けてサポートする社⻑室のような役割が必要だと感じ、2021年に「特命社⻑室事業」を主とする株式会社Doooxを設立しました。起業して良かったと思うのは、クライアントの皆様に「新しいことが実現できたのは、Doooxさんがあったおかげです。感謝しています」と言っていただいたとき。素直に嬉しいですね。
東京大学進学は、大きな転機になった
私は、岐阜工業高等専門学校から東京大学に進学しました。松下幸之助さんの例があるように、学歴があるからその後の人生で上手くいくとは思いません。ただ、東京大学に行ったおかげで仲間に恵まれたと思うことは多いです。どのようなバックグラウンドでも自分の可能性を広げることはできますが、一人でできることはどうしても限られています。何か取っ掛かりをつくるとき、東京大学の卒業生にコンタクトしやすかったり、最初から相手の信用を得られたりして、仲間が集まりやすく化学反応を起こしやすいという意味で、東京大学はいい場所だと思います。
私の両親は大学に行っておらず、学歴を重視するような家庭環境ではありませんでしたが、東京大学を目指そうと思ったきっかけの一つは、テレビドラマの『ドラゴン桜』です。ロボットを開発したいと思い通っていた高専の電子制御工学科は、教室のエアコンをハッキングして設定温度を25度から18度に変えてしまうような、刺激的な生徒ばかりでした。そんな彼らを見ていて、この分野は彼らに任せた方がいいなと思ったんです。では、自分に何ができるかと考えていたとき、たまたま『ドラゴン桜』を見て、私でも東京大学に行けるんじゃないかとピンとくるものがありました。
塾の選び方が分からなかったので、自分で教科書だけを使って勉強して、受験当日は「絶対に受かるだろう。自分が合格しなかったら誰も合格しない」という自信に満ちあふれた状態で臨みました。担任の先生には東京大学以外も受けなさいと言われましたが、私はそのアドバイスを聞かずに東京大学しか受けませんでした。両親や友人達は合格したことよりも、そのことに驚いていましたね。『ドラゴン桜』以外にも東京大学だけを目指した理由は、建築家で当時東京大学の教授、現在は名誉教授の内藤廣さんの本を読んで、「この人のもとで学びたい」と思ったからです。私の中では大学に行くこと自体よりも「どうやって自分が社会に役立つ人間になるか」、その転機を見つけることに主眼を置いていたので、どの大学でもいいわけではありませんでした。
「やってみよう」で終わらせない
Doooxが設立当初から掲げていたコーポレートメッセージ「行動で世の中を変えていく」を、最近さらにミッションに落とし込み「世の中の志、夢、好奇心をDoにアップデートする」に設定しました。私自身が本当にやりたいのは、日本を、世界を変えていく存在となる「まずやってみる人=Doする人」を増やすことです。勝手な仮説ですが、インターネットなどであらゆる情報が簡単に手に入るようになったからこそ、たやすく他人の意見に左右されてあきらめたり、自分で自分の限界を決めてしまったり、たたかれることを恐れて行動しない人がすごく増えているのではないかと思います。その持て余したエネルギーが、他人の足を引っ張るようなネガティブな行動につながるのではないでしょうか。逆に、やりたいことができていれば、自分と他人を比較しなくなり、他人のことはあまり気にならなくなると思います。つまり、自分のやりたいことをやる人を増やせば、世の中は良い方向に大きく変わっていき、もっとワクワクする場所になると考えています。
東京大学を受験したのも、転職したのも、起業したのも、「やってみよう」と思ったことから始まりました。でも、ただ何となくやってみるだけでは意味がなく、きちんと結果を求めて全力でやり遂げて、まず完了させることが大事です。またそこには、スピードと期限も重要だと思います。何かを成し遂げようとするなら、いつまでに完了するのか期限を設け、その結果を素早く改善する対応が必要です。
失敗談の活用ができる経済圏づくり
仕事とプライベートの境目がないような忙しい毎日を過ごしていますが、どんなに忙しくてもやりたいと思って始めた事業なので、私の仕事への熱量に変化はありません。しかし、いろいろな企業様とご一緒する中で、社員の方々が目の前の仕事に追われ、当初のやる気が下がってしまうこともあると感じました。入社当初のモチベーションをいかに維持して、かつ初心を忘れないようにするかは、弊社に限らずさまざまな企業の課題だと思います。
モチベーションの維持以外にも、経営者や企業が直面する問題・課題には共通するものがいろいろとあります。弊社では設立初期のメンバーの1人が辞めざるを得なくなったことがあり、私自身もかなりメンタル面でダメージを受けました。こうした問題の解決方法は、会社が違っても同じだと思います。でも、失敗談や上手くいかなかったことは、あまり人には言いたくないので情報が共有されにくい。問題の解決方法や失敗談を記録して共有できたら、経営者のステップアップ、さらなる次への挑戦を後押しできるのではないでしょうか。Doする人・企業を増やすだけでなく、失敗の記録やそのデータ活用もとても重要で、弊社では全てのクライアント様の徹底的な記録する仕組みづくりと、次へのデータ活用を支援しています。
私自身はコロナ禍以前、毎月2か国海外へ行っていて、良い情報収集や学びになっていました。これまでにおよそ40か国を訪れましたが、中でも気に入っているのは中米です。特にキューバは世界一人種差別のない国と言われており、地元の人はフレンドリーでたくさんの刺激を受けました。状況が落ち着いたら、今度はまだ行ったことのないアフリカに行ってみたいですね。海外に行けない今は、トレーニングをしたり瞑想の時間をつくったり、意識して公私の時間を切り替えるようにしています。
日本から世界に
会社のビジョンであり、個人的な想いでもある「Doする人を増やし、日本から世界にどんどん人材を輩出していく」ために、5年後を目処に海外展開していこうと考えています。いつか地球にいる78億人みんながやりたいことをしている、やりたいことに向かっている世界にしたい。その可能性を極めるために、海外展開や資金づくりの仕組みを整えようと計画しているところです。
5年後の自分は、きっと今よりも高い視座を持っているとイメージしています。明確な目標を実現していく中で、ステージの変化や成長に伴いさまざまな課題が出てくるでしょう。課題が出てくるのは前に進んでいる証なので、それを一つ一つクリアしていくことで、人としても経営者としても成長できます。成長して見える景色が変わると、どのような世の中、会社をつくっていくべきか、どのような自分であれば良いのか今よりも分かるようになり、一歩一歩会社と自分のステージを上げていけると思います。